トイレ事情を知ればその国がどんな国かわかると言っても過言ではない。
本書はまさにその言葉を体現した一冊だ。
インドではトイレのない生活を送っている人は約6億人もいるという(現在、インドの人口は14億人)。
それだけでも衝撃なのだが、本書を読むことで、ガンジス川の水質汚染状況、インド政権で起きている腐敗構造、カーストの最下位にいる人たちが従事する過酷すぎる労働事情など、インドという国を余すことなく知ることができるだろう。
さて、冒頭で約6億人がトイレのない生活を送っているという話をしたが、政府はその状況を改善するため、2014年にインドの全世帯にトイレを設置する「スワッチ・バーラト」(クリーン・インディア(きれいなインド))という重要政策を打ち出した。
それから5年後、政府はこの史上最大のトイレ作戦が成功を収めたと報告している。
本書には「スワッチ・バーラト」の実像と虚像が描かれている。
まず一つ目の衝撃的な事実として、「スワッチ・バーラト」により自宅にトイレが設置されたが、実際は使っていない人が多数いるようだ。
「今も野外排せつを続けていると答えた人のうち、およそ半数は自宅にトイレがある」
「トイレの清掃や管理が面倒との理由で、野外で用を足す方が楽で便利と思ってしまうのです。そうした人々の考え方を変えない限り、野外排せつはなくなりません。」
こうした指摘は、長年続いてきた外で用を足す習慣をなくすことがいかに難しいかを表している。
さらに衝撃なのが、「トイレを建設した」と州政府に報告されているにもかかわらず、実際は建設されていない「ペーパートイレ」が多く発覚したことである。
事態を重く見た州政府は、二万1000人のボランティア調査員を使って申請書の確認作業を行い、その結果、四十五万基のトイレが「ペーパートイレ」だったことがわかったというのだ。
規模が大きいため、補助金目当ての組織ぐるみの犯罪であることが想定されるが、実際にトイレが存在して完成しているか確認もせずに補助金を支払っているというインド政府のずさんさも大概である。
こうした事態が起きてしまうのも、背景として、汚職にすっかり慣れてしまったインド社会の実態があるのだろう。
本書の著者は、共同通信社に勤める記者で、2016年からの約4年半をインドのニューデリー特派員として過ごしていたようだ。
インド各地の都市や農村だけでなく、スリランカやバングラデシュなどの周辺国も担当し、取材で現地をめぐってきたという。
本書評では、主にカーストの最下位にいる人たちが従事するというトイレ清掃の実態については触れることができなかったが、著者は実際に現地の清掃労働者を取材して、その悲惨な事態を報告している。
そちらについてはぜひ本書を手に取って確認していただきたい。
2023年、それまで世界人口で第一位だった中国を抜いてインドが一位に躍り出た。
ここ10年ほどでインドは、「経済成長を続ける国」「世界の投資家やビジネスパーソンが注目する国」といった経済大国を彷彿とさせる言葉で表され、街中には豪華なショッピングモールなどが立ち並んでいる。
一方で、人口の約13%が1日1.9ドル(約205円)未満の極貧状態での生活を強いられていることや(2015年時点)、身分制度カーストによる差別が残っているなど、格差が多いことも忘れてはならない。
そんな複雑な国であるが、本書は、トイレを通じてインドという国の実態をわかりやすく読者に伝えることに成功している。
インドを知る入門書としても本書はお勧めである。
コメントを残す