『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』は、記憶力はせいぜい人並みであると自称する科学ジャーナリストが、最先端の脳科学や一流のプロたちの技術習得の秘訣を学び、約一年間で全米記憶力選手権で優勝するというものだ。
テスト勉強に苦心する学生たちにでも読ませてあげたいような内容であるが、その一方で、本書は記憶の魅力について書かれた読み物としても抜群に面白い一冊である。
本書で印象に残ったシーンがある。
それはある小説の登場人物が、楽しい時間は速く過ぎることから、時間の経過をゆっくりにする一番確実な方法は、できるだけ退屈に過ごすことだと話したことに対して、記憶の達人・エドは「全く逆だよ。記憶を詰め込めば詰め込むほど、時間はゆっくり流れていくんだ」と答えたシーンがある。
充実した人生を過ごすには、日常生活のパターンを時々変えてみたり、普段は行かない場所へ旅行に行ったり、できるだけたくさんの新しい経験をして、記憶をしっかりと固定させることが大切である。
単調な日々を過ごしていると、その日、その週のことが別の日、別の週のことと区別がつかなくなって、年月が中身のない縮んだものになってしまう。
新しい記憶を作ることで心理的な時間が拡張され、人生を長いものとして感じられるようになるのである。
かのソクラテスも、振り返ることのない人生は生きる価値がないと言った。
憶えていない人生であればなおさらのことであろう。
記憶するという言葉にネガティブな印象を持つ人は多い。
おそらく誰もが学生の頃に植え付けられた、記憶することはただ次のテストをパスするためだけの味気ない行為という印象が染み付いているからだ。
ましてや、最近ではChatGPTが登場してますます記憶する必要性が薄れてきているが、便利になった分失ってしまった我々が本来持っている機能というものがある。
本書は記憶することの大切さに気づかせてくれる一冊だ。
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