非常に面白い本に出会うことができたので、まだ読んでいる途中であるが紹介したい。その本とは『ヒトラーの馬を奪還せよ』である。
本書のタイトルにある馬とは、第二次世界大戦時、ヒトラー総統の官邸前に設置されていた高さ3メートルを超える一対の馬の銅像のことだ。しかし、我々のような素人にはなぜこの像が貴重なものなのかがわからない。この像が単なる銅像ではなくて、ナチスお抱えの名匠による傑作であるというのが一つの理由であるが、当然それだけではない。このような美術品は歴史そのものなのである。ヒトラーやスターリンなどの独裁者、ISIS(イスラム国)のような集団は、自分の思想にそぐわないものは全て消し去ろうとした。こうした破壊行為を免れて現代にまで残っている美術品や文化財は、歴史上のあの狂った時代のことを知りたい人々にとっては大変貴重なものなのだ。
しかし、こうした美術品の周りには常に危険がつきまとう。なぜなら、本来であれば然るべき場所に重要な歴史的文化財として保管される必要があるにもかかわらず、美術品の多くは、ブローカーを介して一般のコレクターに違法に流通されている。また、歴史的な経緯も関係している。ナチスはユダヤ人から(ユダヤ人以外からも)数えきれないほどの美術品を盗んだとされている。しかし、ドイツが敗戦したことで、こうした美術品の多くが今度はソビエト連邦に呑まれて消え失せた。この略奪された美術品は、今もドイツとロシアの軋轢の種になっているほどだ。ほんの数年前にも、ドイツ首相アンゲラ・メルケルとロシア大統領ウラジミール・プーチンの間で激しい議論を引き越している。美術品をめぐっては、このように国同士の争いになることもあるのである。
本書を読んでいてもその緊迫感は手に取るようにわかる。登場するのは、ナチスの残党、ネオナチ、元KGBといった人々だ。対戦直後、ドイツは裁きを逃れようとするナチ党員だらけだったが、元ナチ党員の秘密組織によってその多くが救出されたという。この秘密結社の狙いは新たなナチの帝国、すなわち第四帝国を築くことだった。そのために、ナチ党員らは大量の金塊をドイツからまんまと持ち出し、スペインやポルトガルなどの国々に運んだと言われている。これがナチスの残党たちだ。本書にはこういう話がいくらでも出てくる。
さて、本題に戻るが、重さ1トン近くもある銅像が約70年間も誰にも発見されずに今になって売り出されるなんてことがあり得るのだろうか。まさに事実は小説よりも奇なり。本書に出てくる内容はどれも私たちの住む世界とは全く別の世界の話のように感じる。本書はノンフィクションの面白さを十分に味わえる一冊だ。
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