本書は、現存するドイツを代表する大企業が、二つの世界大戦を通して、いかにして今の地位を築いたかその闇の部分が書かれている。彼らはナチス政権に協力し(中にはナチ党員もいた)、ユダヤ人から奪った企業で大規模な企業帝国を築き、自らは世界的な大富豪となった。
本書には、BMWのクヴァント家、スポーツカーや自動車で有名なポルシェ家、プリンで有名なエトカー家をはじめ、ドイツの名だたる実業家一族とその経営者たちが登場する。ナチス政権からは、総統のヒトラー、宣伝大臣のゲッベルスとその嫁のマクダ、ゲーリング、ヒムラーといったナチス政権の幹部たちが登場し、先述した経済界の大物たちとの関わりが詳細に描かれている。
彼らは、ナチス政権に多額の献金をおこない、「アーリア化」の名目でユダヤ人の企業をタダ同然で手に入れ、ドイツを代表する大企業にまで成長させた。本書によれば、戦時下では、そのような大企業は、こぞって多くのユダヤ人や捕虜を自らの工場などで強制労働させ、その命を犠牲にしたという。本書にその悲惨な描写が書かれている。
女性たちは12時間の交代制で、線路の修理に加え、石炭や荷車の積み下ろし、製鋼炉での作業にまわされた。妊娠していても、出産ぎりぎりまで働かされた。こうした労働者たちに出される昼食は半リットルのスープだけで、「通常、豚に与える残飯」も同然だったとのちに語っている女性もいる。
こうした強制労働の動きは、独ソ戦が始まり総力戦となってからは、ドイツ内で労働者が確保できず、より顕著となった。ひとつ変わったところといえば、ユダヤ人については、ヒトラー総統により無給労働として活用するのではなく、即座に抹殺する方針に切り替わったことくらいであった。
戦後を迎えると、多くの大物経営者が、これまでのナチス政権への多額の献金、ユダヤ人企業の搾取、強制労働といった事実など知らぬ顔をして会社を再建させていった。再建にはアメリカによるヨーロッパ地域復興の動きも後押しとなったようだ。しかし、強制労働や奴隷労働により犠牲となった人々に対しては何の補償もされなかった。
フリードリヒ・フリックは亡くなった時点で西ドイツでは国内一、世界でも5本の指に入る大富豪だった。・・(中略)・・年収は60億ドル近くに及び、ダイムラー=ベンツも含め抱えている従業員は21万6000人以上にのぼった。それでも、傘下の工場や鉱山で強制労働や奴隷労働を強いられていた人々に対して一銭たりとも補償金を支払おうとはしなかった。
さらに、ニュンベルク裁判にかけられ有罪となった実業家も少なく、先述したフリードリヒ・フリックはその一人だが、有罪にはなったものの刑期は短縮され、5年程度で釈放されている(フリックは釈放後、没収されていたほとんどの企業を取り戻している)。
ヒトラーやナチスドイツによる戦争犯罪については、日本の読者の間でも周知のところだろうが、そうした犯罪も、そもそも本書に登場する実業家たちの協力がなければ生まれることはなかっただろう。本書を読めばそのことがよくわかる。
第一次世界大戦の敗戦からまもない頃のヒトラーやナチ党は、路上で暴れるだけの「ならずもの集団」に過ぎなかったのだ。彼らに権力を与えたのは、本書に登場する実業家たちであり、特権階級の人々だったのである。
ナチスドイツにまつわる歴史書は数多く出版されているが、これほど根深い闇の歴史が存在していることはあまり知られていない。著者のダーフィット・デ・ヨングは、元ブルームバーグニュースの記者で、その取材量とそれを読者に伝える文章力は、さすがと言わんばかりである(拙い褒め言葉で恐縮であるが)。
本書はかつて敗戦国となった日本にも広く知られるべき事実である。ぜひ多くの方に手に取っていただきたい。
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