【書評】『AI防災革命』「防災×AI」で業界のトップランナーへ。日本が抱える災害対策の課題とは。

本書は、防災分野で起業したスペクティ(Spectee)という企業の取り組みを描くとともに、「防災×AI」で何ができるのか、その現状と未来の可能性について、スペクティ創業者自身が解説します。
2011年の東日本大震災から、早いもので10年以上が経過しました。
災害大国である日本は、今も予報技術の開発や防災設備の建設に巨額の資金を投じています。
しかし、防災対策は、こうした土木や建設業が担うハード面での対策では限界があります
特に、2020年の新型コロナウイルス危機において浮き彫りとなったのは、そんな日本のソフト面での課題でした。
著者は、情報技術というソフト面から、その脅威に対抗できないかを本書で問いています。

東日本大震災で感じた報道と現場のギャップ

スペクティは、「災害現場で今何が起こっているのか?」「被害状況は?」といった情報をSNS投稿などから、AIが精査・解析し可視化することで、「予測する防災」を可能にしたサービスを提供するBtoBビジネスの企業です。
その顧客といえば、テレビ局や新聞社を中心に、現在、全国47都道府県の防災部門の8割で導入され、民間企業でも約500社が採用するまでになっています。
著者いわく、創業当初は、「より広い市場に向けて事業を展開するために、BtoCに向けた商品開発をしてはどうか」と言われることが多かったそうです。
たしかにスペクティのAI技術をもってすれば、「SNS上でどんな出来事が注目を浴びているのか」という個人の発信をリアルタイムで見える化するツールのほうが、収益も格段に良かったはずです。
しかし、一般ユーザーに向かうのではなくて、あくまで創業理念の「防災」に執着したのには、東日本大震災のボランティアで経験した違和感があったと言います。

レポーターは「全国各地からボランティアが集まっています」というい趣旨で現場の状況を説明していた。テレビに映し出される光景を見ていると「これだけ人が集まっているのあれば、今から行っても、もうやることはないのでは?」と錯覚するほどだった。
だが、そんなはずはないのである。ゴールデンウィークには1日1万人のボランティアが集まったが、震災後の3ヶ月間で活躍したボランティアは、阪神・淡路大震災が述べ約117万人だったのに対し、東日本大震災で甚大な被害を受けた東北3県では延べ約42万人なのだ。

こうした現実と報道とのギャップを肌で感じた経験が、のちのスペクティ創業へと繋がります。

情報の正確性という課題

そうした創業理念もすばらしいことながら、自分たちの仕事に対してのプロ意識も眼を見張るものがあります。
スペクティのサービスでは、主に個人のSNS上での発言を利用することになるため、当然ながら「情報の正確性」というのが課題となってきます。
そして、その正確性は、報道の世界と実際の防災対応の現場では、求められるレベルが格段に違ってきます。

報道現場で働く人たちは、事件や災害に際し、「何でもいいから情報をください」というスタンスを持っている。とにかくたくさんの情報に早く触れたいと思っているのだ。
なぜなら、報道の人たちが最も恐れるのは「特オチ」である。同業他社がこぞって取り上げたビッグニュースを報道し損なうことは、最も不名誉なことの一つと考えられているからである。

報道現場では、情報を検知した後は「そこまで分かれば、自分たちで調べます」となりますが、自治体等の防災対応の現場では、そういうわけにはいきません。
実際、自治体にスペクティのサービスを紹介しても、「すばらしいサービスだと思うが、防災の現場では活かしきれない」という声が多かったようです。
そこでスペクティが考えたのが、「人力」と「AI」を組み合わせるというものでした。
自治体に、絶対に間違いのない正確な情報を提供するため、「最後に人が確認する」「正確であると人が担保する」という工程を組み込み、サービスを改善しました。
そして、この情報の正確性を確認する専門部隊には、高度な分析力と高いITリテラシーのある人材を登用すると決め、3ヶ月という長期にわたる研修を経て、条件をクリアした後、ようやくその椅子に座ることが許されると言います。
まさにプロ根性の賜物です
こうした臨機応変な意思決定が、「防災」という領域においてトップランナーを行く、スペクティの強さでもあると思います。

「儲かるか」よりも「顧客の課題は解決したか」

本書には、「防災」というニッチな領域で起業し、その後、報道機関や自治体に受け入れられるまでの道のりが詳細に描かれています。
日本の防災というお堅い市場において、「SNS」「AI」という新しい技術で切り込んでいく様は、これから事業を起こそうと考えている方の多くのヒントに溢れている一冊です。
なによりも、先述した創業理念や、「儲かるか」よりも「顧客の課題は解決したか」を重要視する視点については、経営者だけではなく多くのビジネスマンが参考にすべき視点です。
日本は優良なスタートアップが生まれにくいとも言われていますが、スペクティはまぎれもなく今後目が離せないスタートアップ企業の1つでしょう。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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