人体が不完全であることは聞いたことがあった。
しかし、こんなにも「欠点・欠陥」が存在しているなんていったいどうして何だ?
本書には、余分な骨、使えない遺伝子、あえて危険を冒す脳など、読んだ途端に「人体よ、いったい何でそうなった?」と、ついつい本書のタイトルを口にしてしまいそうな驚きの事実が書かれている。
驚くだけではなく、なぜかクスクス笑ってしまう。それは著者のネイサン・レイツによるユーモアたっぷりの語り口がそうさせているのだろう。
だが、ふざけてばかりいるわけでもない。本書の最後は、(真面目に)人類の未来進化について考察をしている。
それは「我々は進化しきったのか?」という壮大な問いに対する著者なりの答えでもある。
だがしかし、本書のメインは人体の「欠点・欠陥」の話である。ここからは個人的に気になった内容を紹介したい。
効率の悪い呼吸、子作りが苦手な人類
まず手始めに「呼吸」に関してだ。
多くの鳥類は、呼吸用の袋(気嚢)に達する前に気道が2レーンに分かれている。
つまり、新たに入ってきた空気は、肺に残っているよどんだ空気と混じらずにまっすぐ肺に向かう。
一方、人間はどうかと言えば、空気は単一の管を通って肺で複数の枝に分かれる構造となっている。
これが何を意味するかというと、肺にはまだ大量のよどんだ空気が残っているため、新たに取り込んだ新鮮な空気と混じり合ってしまい、実際に血流に送り込むことができる酸素量が少なくなってしまうということだ。
ダイビングやシュノーケリングを思い出してほしい。人間はこの効率の悪さのせいで足や腕をただゆっくり動かしているだけの時でも深く息を吸わねばならない。
そして、もう1つ紹介したいのが、人間の生殖についてだ。
本書では「子作りがヘタなホモ・サピエンス」と敬称している。
例えば、多くの猿では繁殖期にお尻が赤くなるなどの外見上の変化が表れるが、人の女性はそのような変化がなく、排卵時期と妊娠のタイミングが分かりずらい。
また、人の精子は卵子にたどり着くまでに約6キロメールほど泳がなければならないらしいが、精子は泳ぎに特化した細胞でこの距離を約1時間で泳げるという。
ここまでは良いが、実際、精子はデタラメな方向に泳ぎ回り、中にはらせんを描きながら泳ぐ奴もいるらしく、卵子に到着するには3日もかかるようだ。
これには「いったい何をやってるんだ」とツッコミを入れたくなる。
進化はたいてい後戻りができない
まだまだ紹介したい内容が多くあるがここまでにしよう。総じて言えることは、本書の訳者があとがきで述べているが、「進化はたいてい後戻りできない」ということだ。
つまりどういうことかというと、本書から引用するが、
進化は前進しかできない探検家みたいなもので、数々の分かれ道を選びながらわき目もふらずに突き進み、途中で変だと気づいても、来た道を引き返してやり直すことができないのです。
進化は新しく何かを加えることはできるが、一度作ってしまったものを消すことは容易ではない。
そう、今あるものを軌道修正してできたのが我々の身体なのだ。
本書の著者であるネイサン・レンツは、ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ・カレッジで、生物学を教える大学教授だ。
科学の専門家としてラジオやテレビの多くのメディアにも出演している。
本書は、彼の大学講義さながら、面白トークを聴きながら科学的な知識を深められる一石二鳥の一冊だ。大学でこんな面白い講義が聞けていたら、授業がもっと好きになっていたなあと感じた。
本書が想定する読書は幅広い。科学好きはもちろん、日々腰痛や頭痛で悩んでいる方も、約20万年前に誕生したホモサピエンスも同じ悩みを抱えたと言われたら少しは気が紛れるかもしれない。
本書は、これまで述べてきた通り、人の身体的な構造や機能の素晴らしい一面に触れた一冊ではなく、むしろイケてないデザインに光を当てて、なぜそうなったのかを解説している一冊だ。
多くの人にとって自分の身体の悩みというのは尽きないだろう。しかし、その悩みの原因は、本書に書かれているような人体の欠点や欠陥である可能性が高いのだ。
本書には、面白くて誰かに話したくなるエピソードがたくさん散りばめられ、さらに、立ち止まってじっくり考えさせられるような内容も多い。
ぜひ多くの方に、人間の、生物の、進化の不思議を味わっていただきたい。
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