『中学生から知りたいウクライナのこと』大人の認識を鍛え直す一冊

ロシアが、ウクライナへの軍事侵攻を開始したのは、2022年2月24日のことだ。
この軍事侵攻による死傷者はこれまで1万を超え、国外に避難した人の数は68万人にものぼるという。
連日テレビやネットで報道される悲惨な映像に全世界が胸を痛めた。
そして、多くの人がこの戦争についての正確な情報を求めた。

なぜロシアはこのような軍事行動を取ったのか?
ウクライナという国は一体どんな国なのか?

テレビやニュースで専門家が語る言葉は、このような問いにシンプルに答えてくれる。
この争いは、ロシアとNATO加盟国間の争いであるとか、ロシアの首脳プーチンの策略であるとか、こんな調子だ。
多くの人がこうした考えを簡単に受け入れてしまうのは、そうすれば余計な疑問を持たずに済むからである。
本書は、こうした兆候を示す私たちに警鐘を鳴らす一冊だ。

ニュースで語られることのなかった視点

何もニュースやネットといった情報源が全く信用ならないというわけではない。
メディアによって単純化された情報を鵜呑みにしてしまうことが危険なのだ。

特にこの戦争をプーチン1人が仕掛けたように思い込み、責任も何も彼一人のせいにしてしまうことは適切ではない。
第二次世界大戦下では、ナチスドイツのヒトラーにも同じような視線が注がれた。
そうした視線がヒトラーをつけ上がらせて、悲惨な結果を招いたことは言うまでもないだろう。

我々に欠けているのは、メディアで報じられることのないウクライナに住む人々の生活、そして文化を知ることだ。
この戦争によって、彼らの生活がどう変わり、何を感じて、何を失ったのか。
一方で、加害者側のロシアに住む人々がどう感じているのか。

これらを知ることにより、これまで大国間のパワー・ゲームの視点でしか語られることのなかった情報との間に、大きなギャップを感じることができるだろう。
それが世の中に対して正しい疑問を持つことへの第一歩となる。

本書は、ともに京都大学の歴史学者の2人が行った講義・対談を再現したものだ。
小山さんは、ポーランド史を専門とする学者で、本書ではウクライナの歴史について解説し、メディアによって単純化された情報に深みを与えてくれる。
一方、藤原さんは『ナチスのキッチン』等の著作で知られ、食や農業という視点から歴史を紐解く個性的な歴史学者であり、本書においても、ウクライナの人々の暮らしや文化から、この問題に対し新たな視点を与えてくれる。

本書には歴史や文化を学ぶことの意義が記されている。
従来の軍事評論家や政治学者の解説からは見えてこない、本当のウクライナ侵攻を知ることができるだろう。

歴史を知ることの大切さ

ウクライナという国の歴史はすごく複雑だ。
1991年にロシアから独立するまで、東をロシア、西は欧州連合(EU)諸国に挟まれたこの国は、古くから他国による侵略と分裂を繰り返し、複雑な歴史を築いてきた。

本書では、このウクライナの歴史について、ポーランド史を専門とする小山さんがわかりやすく解説をしている。
中学校の歴史の授業すらすっかり忘れてしまっている私でもよく理解できる解説であるが、感想としてはやはり「複雑」ということになる。

なぜかといえば、この解説の中だけでもたくさんの国、宗教が登場し、消滅と共存を繰り返すからだ。
こうした歴史を単純なストーリーで語ることは許されない。
プーチンがウクライナをロシアの一部のような発言をするのは、まさに歴史の一面を切り取って主張しているだけに過ぎないことがわかる。
一方で、過去に多くの対立や紛争があったポーランドが、今回のウクライナ侵攻から逃れる難民の受け入れについて、協力的な姿勢を示していることは、人道的な観点からも大きな意味があることが理解できる。

本書で理解してほしいのは、くどいようだが、まずウクライナの歴史がメディアが伝えている以上に複雑であるということ、
そして、この複雑な歴史を通して、ウクライナに住む人々が自国の文化や言語を尊重し発展させてきたということである。

歴史というのは勝者の歴史でもある。

多くの報道や書籍では、大国のナショナリズムで歴史が語られることが多いが、我々に一番欠けているのは、ウクライナのような小国を起点とした視点なのではないだろうか。

本書の目的は大人の認識を鍛え直すこと

本書のタイトルには、「中学生から知りたい」という文言が入っている。

てっきりウクライナの歴史やロシアとNATO間の対立といった、広くメディアで報道されている内容について、中学生にもわかりやすいように噛み砕いて書かれた本なのかと思っていたが、
このタイトルの真相は、むしろ大人である我々の認識を鍛え直すという意味が込められているようだ。

著者は、中学生のお子さんがいた際、中学の歴史や地理の教科書を読んでその学ぶ知識の量や論理展開の多さに驚いたという。
中学で習う知識を満足できるほどに把握している人は少ないだろうとも思った。

一方で、義務教育でいろんなことを学んだ経験を持つ我々大人には、今ウクライナで起こっていることについて、政治家や学者やジャーナリスト以上に深く考えることも可能であると語っている。

本書はそうした学びへの第一歩になることに違いない。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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