子供の時、学校の図書室や地域の図書館などで、透明接着フィルムにより補修された本を手に取った記憶がある。
今思えば、そうした本は、学校や図書館の職員らにより修繕されていたのだろう。
本書『書籍修繕という仕事』を手にした時、そんなことを思い出した。
本書は、アメリカの大学院で書籍修繕の魅力に目覚めた韓国人女性による、彼女の書籍修繕店に持ち込まれた本たちと、本や仕事、人生に関するエッセイである。
大学院卒の高学歴な女性が「なぜ書籍の修繕を仕事にしたのだろう?」という素朴な疑問から手に取った本であった。
ファッション、動画、本など、あらゆるものを大量消費する現代で、なぜ人々は本を修繕するのか。
本書は、本だけでなく、身の回りのモノ、仕事、友人、家族、はたまた人生まで、モノを大切にすることの価値に気づかせてくれる一冊だ。
―目次―
① 「修繕」と「復元」の違いとは
② 本についての一風変わったエッセイ
③ 新しいことを始める人にオススメ
①「修繕」と「復元」の違いとは
そもそも本を「修繕する」とはどういうことだろう?
似た意味の「復元する」とは何が違うのだろうか。
実はこの違いに本の修繕という仕事の面白さが詰まっている。
修繕 「名詞」古くなったり壊れたりした物を直すこと。
復元/復原 「名詞」もとどおりに回復すること。
(出典:国立国語院 標準語大辞典)
この二行からでも「本を修繕する」と「本を復元する」の意味の違いがピンときたかもしれない。
復元とは文字どおり、もとの本とまったく同じ状態にするという意味だ。
何らかのコレクター目線で言えば、より元の状態に近いかたちにしてくれる復元の方が魅力的にうつるかもしれない。
しかし、著者によれば、復元には原本から離れられないがゆえの限界があるという(そもそも原本に関する資料が残っていないこともあり元に戻すことが不可能なこともある)。
一方で修繕は、作業後の姿が原本とは一部変わることもあるが、その分、開かれた可能性を自由に活かすことのできる方法だ。
本書で紹介される本は、一部を除いて、修繕前と後でガラッと姿が変わっているものもあれば、一部だけが変わっているものもある。
微々たる違いの場合もあるが、本書を読んだ後、その違いの中に、著者が言うような可能性の片鱗を見つけることができるはずだ。
②本についての一風変わったエッセイ
著者のお店に持ち込まれる本は、辞書、聖書、子供用の絵本、カタログ、家族アルバムなど、実に様々だ。
本書は、そうした本について書かれた一風変わったエッセイでもある。
初めに紹介される修繕本は、上下二巻セットからなる大型の国語辞典だ。
著者によれば、本好きにとってこうした大型本というのは、常日頃目を通すというよりも、本棚の重心を支えるため一番下の棚に仕舞いっぱなしになっているケースが多いという。
これは「わかるわかる!」と頷いてしまった。
そういえば、私が昔購入した『ビジュアルディクショナリー 英和大事典』もすっかり本棚の一番下で不動のポジションをキープし続けている。
大型本の紹介ついでにこんな話もあった。
半分笑い話のように、紙の本は不動産と直結する問題だとよく言われる。それくらい重くてかさばる代物だという意味だ。実際、本は、引っ越しの見積もりに大きな影響を与えるし、日本では本が多すぎて床が抜けた家まであるという。
この日本の話というのは、きっと井上ひさしさんの話だろう。
本好きにとって買った本の保管場所や廃棄方法は、日常的な悩みの種であるし、引っ越しにいたっては一大イベントである。
この問題に関しては、本棚にどのようなルールを設けるかといったビジネス書まであるほどだ(『本棚にもルールがある—ズバ抜けて頭がいい人はなぜ本棚にこだわるのか』)。
本書は、他にも本好きにとってのたまらん話が盛りだくさんである。
③新しいことを始める人にオススメ
著者は、アメリカの大学院に在学しているときに、書籍修繕と出会った。
当時の指導教授が勧めてくれたことが始めたきっかけだったそうであるが、当時は「必須技術だけを短期間でさっと習って辞めよう!」と思っていたという。
しかし、始めて1週間で気づいたのが、自分は糊やカッターの扱い方もろくに知らない「役立たず」ということだった。
そこからというもの、たくさんの本を取り扱い、約3年で1800冊以上もの本を修繕したという。
書籍修繕という技術は、1冊1冊積み重ねることによって成せるものなのである。
昨今、いたるところで「短期間!超スピード!速攻で学ぶ!」という言葉が飛び交っているが、本書を読めば、それがいかに自分に都合のいいことばかりを望んでいるだけなのかを思い知ることになるだろう。
もうすぐ4月だ。
入学、就職、異動など、多くの人が新天地での生活をスタートさせる季節であるが、本書は、そんな新しいことを始める人に打ってつけの一冊かもしれない。
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