本書を読む前はドキドキした。本書を読むことで「生まれか育ちか問題」にようやく決着がついてしまうのではないかと思ったからだ。その予想は良い意味で当たっていた。例えば本書には、大学卒という学歴を持つことに、生まれ持った遺伝子が関与しているといったことが書かれているからである。
本書がどんな人におすすめかと言われたら、先述した遺伝と知能の関係について興味がある人はもちろんのこと、遺伝統計学のGWASという手法について知りたい人にもおすすめである。本書では、まだまだ一般の読者向けの本では数少ないゲノムワイド関連解析(GWAS)について解説している。GWASとは、遺伝統計学におけるゲノム解析手法の一つで、この手法のおかげで、解析精度がぐんと上がり、「GWAS革命」と言われているほどだ。
本書は、前半に遺伝学の最新の発展を説明して、後半ではその知見を踏まえた上で平等で公正な社会をどうやって作っていくかを考察している。この2部構成を頭に入れてから読み始めると理解が早いだろう。本書を読んで実感させられるのは、ゲノム編集技術などは、CRISPR-Cas9の登場で驚くほどの進化を遂げている一方で、遺伝学の知見は人種差別や優生学が横行した時代からほとんどアップデートされていないということである。
前半の読みどころといえば、やはりGWASを解説した章だろう。本書では個人間のゲノムの違いをレシピ本になぞらえている。レシピ本の分析では、各レシピに含まれる個々の単語と、レストランの測定可能な特徴との相関を調べることで、各々のレストランの個性を浮き彫りにする。GWASはそれと同様に、ゲノムを構成する個々の要素と、人々の測定可能な特徴との相関を調べることで、人の個性を浮き彫りにする。そしてレシピ本の単語に相当するのが、一塩基多型(SNPs、スニップス)と呼ばれるものだ。ここでは詳しく説明しないが、ゲノム上の1文字レベルの違いというとわかりやすいだろう。一見、1文字レベルというと大したことなさそうであるが、そうした小さな違いも塵も積もれば山となるのだ。さらに、その違いをスコア化したのが、ポリジェニックスコアである。このポリジェニックスコアが、あなたの人生の成り行きを予測してくれる。
そして、後半では、前半の知識をもとに、真に平等で公正な社会というものを考えていく。ここで想像する社会とは、よく誰しもが子供の時に言われた「生まれた時点では、子供たちはみな同じだけの可能性を持っている」ことを前提としたものではない。もちろん、そう言いたい気持ちもわかるし、そうであってほしいとも思うが、現実に一人一人は違っているはずだ。
本書の後半は、時代も場所も、親の経済状態も自分の力で選ぶことはできないのと同様に、遺伝もその一つであると認めた上で、どんな社会にすべきなのかが書かれている。
遺伝学は、これまで人種差別や優生学といった思想にいとも簡単に取り込まれていた。著者のキャスリン・ペイジ・ハーデンは、絡み合った両者の関係を解きほぐし、遺伝学を優生思想から奪還しなければならないと考える。なぜなら、遺伝学は自然を記述する重要な科学であるばかりか、平等な社会を願う人たちにとって決して敵ではなく、むしろ手放してはならない強力な味方となるからだ。さて、本書の冒頭で触れた、学歴に生まれ持った遺伝子が関与していると言う話にもし興味があれば、あなたはすでに優生思想を知らず知らずのうちに受け入れている一人なのかもしれない。
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