『東京医大「不正入試」事件 特捜検察に狙われた文科省幹部 父と息子の闘い』

2018年、複数の医大で不正入試があったことが判明した。

その内容は、女性や多浪生を不利に扱い、特定の受験生(高校卒業後の経過年数が少ない若い男性)を優遇するというもので、大きく世間の注目を浴びた。

本書は、そうした不正入試の実態が明らかとなるきっかけとなった“文部科学省汚職事件”を追ったノンフィクションである。

この事件は、自分の子供を東京医科大学の入学試験で不正に合格させることを見返りとして、文部科学省が行なっている私立大学研究ブランディング事業の資金補助対象校に東京医科大学を選定させたというものだ。

単なる官僚と学校の癒着による汚職事件かと思いきや、その実態は、東京地検特捜部による“シナリオ捜査”とも取れる強引な捜査による有罪事件だったのである。

被告人の息子は、加点がなくても正々堂々と合格をしていたことが後からわかっている。

しかし、この事件によって、現在も東京医大に通学する息子は、いまだに裏口入学のレッテルを貼られ、SNSなどで家族共々誹謗中傷を受けている。

一体、なぜこのようなことが起こったのか?

本書は、日本の医大受験の特殊性、東京医大による不正入試の全貌、そして、文部科学省汚職事件がなぜ起こったのかを究明したものだ。

―目次―
① 不正入試の実態
② 
検察によるシナリオ
③ 
都市伝説化していた不正入試

①不正入試の実態

東京医大では、15年度入試以降、一次試験の採点が終了した翌日に、学長、理事長、事務方の学務課長の3人が密かに集まり、入試での優遇を事前に依頼された縁故受験生の成績を検討して加点をしていた。

さらに、不正な加点は、縁故受験生を対象とするものだけに留まらず、高校卒業後の経過年数の少ない男子受験生全員を対象に、二次試験の小論文の得点に一律に加点する、いわゆる“属性調整”も行われていた。

本書には、東京医大による不正入試がどのように行われていたのか、当時の学長である鈴木、理事長の臼井らの供述をもとに、事務局サイドの考えや対応が生々しく書かれている。

例えば、鈴木の供述によれば、縁故受験生だからと言って、頼まれれば全ての対象者に加点をしていたわけではないという。

大学側の事情があるにしても、そういう加点はやはり好ましくないと思っています。やはり入試は公正性が重要と言われていて、あまり加点するのは社会的倫理に反することにもなり、好ましくないと感じています。
それにあまり点数の低い人に加点して入学させると、学力面で6年間の厳しい勉強についていけず、最終的には医師国家試験の合格も覚束なくなり、大きな問題になります

一方で、大学運営をする立場として、縁故受験生の優遇処置を取りやめてしまうと、同窓生からの様々な支援が受けにくくなるという事実から、優遇措置をやめることができない理由についても述べている。

さらに、女子や多浪生への差別とも言える加点操作については、鈴木は公判で以下のように述べている。

医学部の卒業生全員が医師として働き始めるので、できるだけ医師になって、社会や我々の大学病院でしっかり働いてもらいたいという気持ちが根底にあります。

ただ女性の場合は結婚、出産、育児などのライフイベントで、どうしても途中で研修が中断したり、医師としての活動をやめたりしてしまう人が一定数います。
それに正直なところ、医師は女性に向いていないと感じるところもあります。

例えば大変長時間かかる手術であるとか、手術の手技の習得に長期間必要になるとか、あるいは一度手術に取り掛かれば病院に2〜3日泊まり込まなければならないとか、そうした様々な理由から女性向きではないのではないか、という科も存在しています。

こうした一部の受験生を不当に扱うことは、何があっても許されるものではない。

本書を読むことで、この不正入試事件が、医学に携わる者としての考えや想い、大学経営者としての苦悩、そして、過去からのしがらみなど、複雑な要因が重なって為されたものであることがよくわかるだろう。

②検察によるシナリオ捜査

そして、そんな不正入試事件に巻き込まれたのが、当時、文部科学省科学技術・学術政策局長であった佐野太の息子・賢次である。

賢次は、高校の野球部ではエースとしてチームを26年ぶりのベスト16にまで導き、医学部受験では現役で帝京大の医学部に合格する等、まさに文武両道、高いポテンシャルを持った若者だ。

不正入試事件が起きたのは、賢次が、帝京大の医学部を辞退した翌年、さらに難易度の高い大学の医学部を目指して挑戦した、2度目の受験でのことだった。

事件内容は先述したように、賢次の医学部合格の見返りとして、私立大学研究ブランディング事業の対象校に東京医科大学を選定するというものだ。

本書では、文科省の佐野、東京医大理事長の臼井、学長の鈴木、そして、佐野と臼井の橋渡しを担った国民民主党参議院議員の羽田雄一郎の政策顧問を務める谷口の計4人の供述から、この事件が、特捜部の捜査によりいかに“検察側のシナリオ”に沿って歪められたものだったのかを述べている。

では、特捜部によるシナリオ捜査とはどのようなものだったのか?

例えば、佐野、谷口、臼井ら3人による1回目の会食の際、佐野は自分の息子が野球部を引退後、医学部を目指して勉強し始めていることを話す場面がある。
ここで臼井は、「野球ばかりやっていたので、成績がこれからどうなるかわかりません」と心配する佐野に対して、「大丈夫です。なんとかなりますよ。頑張ってください。」と声をかけた。

どう見ても佐野の心配を労う一言にしか見えないが、この臼井の発言は、その後、佐野から加点操作を依頼された証拠として、有罪判決の根拠の一つとされた。

そして、この会話の「なんとかなりますよ」が、検察側が作成した検面調書では「なんとかしますよ」と書き換えられていたのだ。

これは氷山の一角である。

本書には、まだまだこれ以外にも、様々な場面で被告らの供述が、本来の趣旨とは異なる口調に言い曲げられており、検察側の主張が優位になるように印象操作された事例が数多く登場している。

③都市伝説化していた不正入試

実は、先述した不正入試については、偏差値的に何の問題もない女子や多浪生が不合格となる事態を受けて、多くの医学部進学に携わる予備校関係者の間では、女子や多浪生への差別は半ば都市伝説化していたそうだ。

東京医大の事件により、この都市伝説が、実は紛れもない事実だったことが判明したわけである(東京医大のケースがたまたま官僚、税金がらみだったことから判明したとも言える)。

不正入試の実態については、本書では、緻密な取材によって具体的かつ詳細に書かれており、他に類を見ない内容となっている。
さらに本題とも呼べる“文部科学省汚職事件”については、事件の全体像や関係者の説明も良くまとまっており、後半にかけて一気に読めてしまった程だ。

最後に、一点だけ本書の中で留意点を挙げて終わりとしよう。

本書では、検察によるシナリオ捜査とも言える強引な捜査によって、この冤罪事件が出来上がったとしているが、本書の主張は、基本的に被告らの供述をすべて正しいものとして捉えているため、その点は少し違和感を覚えた。

人間誰しも間違うことはあり得るので、被告らの供述ももう少し疑ってかかるべきではないだろうか、というのが率直な感想である。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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