【書評】『劇的再建』

日本には100年以上存続している企業が3万社以上もあり、世界全体の4割を占めているという。変化の激しい時代であるにもかかわらず、なぜ日本にはこれほどまでに長寿企業が多いのだろうか。本書を読んでその疑問が解消されたような気がした。経営者には「始める」人と「引き継ぐ」人の2種類しかいない。本書は、その「引き継ぐ」人たち、つまり親が経営する会社を継ぐことになった後継(アトツギ)たちの物語が書かれている。

本書に登場するのは、家業のやり直しをせざる負えなくなったアトツギである。そう、やり直しということは、自分がこれから継ぐ会社は、現在うまくいっていない状況にあるということだ。さらに、うまくいっていない原因は、親の事業スタイルが以前のままのビジネスモデルとなっていることが多いから。だから、まずは親を否定するところから始めないといけない。これは精神的にも辛いことだ。会社を立て直すことは、ある意味でベンチャー経営に近いものがある。著者は、こうした家業のやり直しのことを「ベンチャー型事業承継」と呼ぶ。

著者の山野千枝さんは、自身も企業ブランディングや動画・ウェブ・社史の編集デザインを手掛ける(株)千年治商店という会社の経営者だ。著者は、2018年に一般社団法人ベンチャー型事業承継という団体を立ち上げて、全国の同族企業の後継者が新たな事業展開に挑戦するための環境整備に取り組んでいる。さらに関西大学では、親が商売や事業を営む学生を対象に「アトツギ白熱教室」と名付けたゼミを受け持っている。著者がこうした活動に熱心に取り組むわけは、先述したとおり日本には長寿企業が多く、また同族経営も多いという中で、後継者不足によって引き継がれずにそのまま廃業してしまうケースをたくさん見てきたからだ。

本書には、アトツギ達のリアルな物語がオムニバス形式で赤裸々に書き綴られている。困難に直面して試行錯誤しながら乗り越えた人や、一方で人事を尽くした結果どうにもならなかった失敗談まで、内容は多岐にわたっている。親などがどうしようもない状態にしていた会社に単身飛び込んでいき、当初、親からも古参の従業員からも理解を得られない中で、奮闘をする。家業のやり直しとはシンプルに言えばそういうことだ。本書を読めば、株主のための企業価値を最大化するためのMBA的意思決定と、企業存続のための意思決定とでは、根本的に違うということを理解できるだろう。

「2000万円貸してくれないか。このまま放っておいて会社が潰れたら、お前のせいや」この電話が、三寺さんの人生を一変させました。「僕の事業承継は、1000万円の資本金と2830万円の父親の借金の連帯保証をするところから始まりました」

そう語るのは、ミツフジ株式会社の代表取締役社長である三寺歩さんだ。ミツフジは、伝統的な西陣織の工場から最先端のウェアラブルデバイス市場に参入したとてもユニークなベンチャー企業である。著者は、この三寺さんについて、圧倒的にクレイジーでぶっ飛んだ経営者と評しており、アトツギ達のロールモデルとしては劇薬レベルとさえ言っている。そんなミツフジの経営再建が本書の第一陣として登場する。

三寺さんは、大学を卒業してソニーに入社。その後シスコシステムズやSAPジャパンといった会社に務めるいわゆるエリートだ。一般の日本企業と比べても格段に高い給与をもらい充実した毎日を送っていた最中、冒頭の父親からの電話がかかってきて人生が劇的に変わってしまった。そんな三寺さんが大事にしているのが、根拠のない自信を持つということだ。

海外の人は堂々と「英語、フランス語、日本語ができます」と言ったりするが、実際にはほとんど話せない場合も多い。でも、彼らは、挨拶ができる程度であっても「喋れる」と自信満々で言いきる。これが日本人にはなかなかできない謙虚さが日本人の美徳だという考え方ももちろんあるが、グルーバル化した世界における国際競争で闘っていかなくてはならないことを考えると、「できる」と言いきる、思い込むことはますます重要になるだろう

三寺さんがこのように言うのも、大手IT企業のIBMがアパレル産業に手を出したり、産業の構造が目まぐるしく変わっているからだ。「うちは〇〇屋です」ということだけでは通用しない時代になっている。変えられるかどうかは、ひとえに経営者の意思にかかっているのだ。しかし、家業の未来を語ろうしないアトツギは多いという。だけどそれではダメだ。会社の未来の姿をトップが語らないことには、何も始まらないのである。

日本にある企業の99%以上は中小企業で、その9割を占めるのは同族経営である。さらに、総務省の予想では、2025年には日本の社長の64%が70歳以上を迎え、うち3分の2が後継不在になると言われている。このままでは、日本を支えてきたイノベーションの源水が失われてしまうかもしれない。本書を読めば、登場するアトツギたちのことを、きっと超人や宇宙人のように感じるだろう。彼らが成し遂げたことはそう評するに値する。しかし、超人のように思われる彼らも、与えられた予算も強い権限も人脈も経験も少ないただの「若者」からスタートした。しかし、このないない尽くしの時代に、新規事業のタネを蒔いてきたから成功を収めることができたのである。なぜアトツギ達は合理的に考えて割に合わない選択をしてまで、家業を継いで新しい価値を生み出そうと奮闘するのか。本書を読めばその答えが見えてくるだろう。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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