本書は、整数論の非常に重要で難しい予想問題である「ABC予想」に関連して発表された「宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論」(以下、IUT理論)について、広く一般の読者にわかりやすく伝えることを目的に書かれた本です。
このIUT理論は、2012年に京都大学の望月教授により発表されたもので、現在になってもいまだに数学界に受け入られていない理論となります。
数学会でも受理されていない理論
数学界に受け入られていないというのは、論文を投稿した専門雑誌にまだアクセプト(受理)されていないという意味です。
つまりは、数学者の間でも理解されたりまたは否定されている理論なわけです。
このIUT理論については、数学者の間では以下のような苦言も出ているほどです。
IUT理論とは単に新奇な抽象概念が恐ろしく複雑に絡まりあっている理論装置で、その中身はあまりに複雑なので、それをチェックすることは人間業では到底困難である。
数学界でもまだ理解されていない理論について、理解するというのは奇妙に聞こえるかもしれません。
それに、本書は他にも少し読んだだけで多くの疑問が出てきます。
・そもそも「ABC予想」とは何なのか。
・「ABC予想」が解決されるということは、どれだけすごいことなのか。
・IUT理論は、数学界になぜいまだに正しい理論として受け入れられていないのか。
・IUT理論は、私たちに生活にどのような影響を与えるのか。
ですが、本書はこうした疑問にひとつひとつ丁寧に答えて、読者をゴールへと導いていきます。
数学は常に進歩し新しく生まれ変わっている
本書は、IUT理論を広く一般の読者に伝えることを目的とした、おそらく世界初の試みという点で画期的なことは疑いようがありません。
しかし、それ以上に、数学の世界という私たちには馴染みのない世界について、これほどまでに一般読者にわかりやすく説明した本は他にはないでしょう。
一例として、数学者は日々どのようなことをしているのでしょうか?
そもそも数学の世界で、新しい発見があるということ自体が、私たちにはよくわからないことです。本書の著者は、数学というものを以下のように形容しています
数学とは、いわば、長い歴史の中で次々に創造され、破壊され、乗り越えられてきた多くの分野や枠組みの集合体だとも言えます。それら多くの、互いにまったく異なった学問のようにさえ見えてしまう枠組み・理論の総体が、現代の我々が「数学」と呼んでいる学問なのです。
私たちが中学や高校で学んできた数学というのは完成されたものでした。
でも、すこし考えてみれば、数学には図形や関数、ベクトル、数列、確率など、多種多様な世界が広がっていることがわかります。
本書によれば、この数学に内存する多様性こそが、常に進歩し新しく生まれ変わってきた結果であり、これからも生まれ変わることができるという根拠なのです。
数学者は、このあまりにも豊穣な世界で、様々な発想を用い、それぞれの個性に応じた仕事が可能となるわけです。
IUT理論はたし算かけ算への挑戦状
では肝心のIUT理論についてですが、ここではなぜ世の中の数学者をも困らせる難題となっているのかについて触れることにします。
ずばりIUT理論を一言で言い表すならば、以下のようになります。
「自然数」と呼ばれる「普通の数」(つまり、1、2、3、・・・)の足し算と掛け算からなる、「環」と呼ばれる複雑な構造をした数学的対象に対して、その足し算と掛け算という「二つの自由度=次元」を引き離して解体し、解体する前の足し算と掛け算の複雑な絡まり合い方の主だった定性的な性質を、一種の数学的な顕微鏡のように、「脳の肉眼」でも直感的に捉えやすくなるように組み立て直す(=再構成する=「復元」する)数学的な装置のようなものです。
書いていて、やめようかなと思うくらい難解な文章なのですが、IUT理論において、一つキーワードになり得るのが、この「たし算とかけ算を分離する」というフレーズなのです。
まず、そもそも数というものを考えたとき、数とは、1から始まって、1ずつ次々に足して得られるものであって、これは誰も疑問をもたない自明なことです。
この絶対的な法則に対し、例えば、素数というものを考えてみましょう。
1から始まって、1ずつ次々に足していったときに、素数が出てくるタイミングに規則性はあるでしょうか。
すこし考えてみればわかることですが、素数が出てくるタイミングは、一見、規則性がないように思われます。
実はこの「素数が出てくるタイミングを説明してください」という命題を難しいものにしているのが、先述した、たし算という絶対的で変形しようのない強固な法則が存在しているからにほかならないのです。
IUT理論とは、要はたし算とかけ算を同じ次元で考えるからややこしくなるので、一旦は「別々の次元で考えてみましょう」という理論なのです。
「そんなのありなの?」と疑問に思う方も少なくないと思います。
IUT理論は、たし算とかけ算という、私たちが小学校で学習するような数学の基礎中の基礎ともいうべき法則に対し、新しい数学の考えを導入したことにより、様々な物議を醸しているのです。
IUT理論が2012年に投稿されてからいまだに受理されずにいるということは、よっぽど今までの数学にはない全く新しい考えだったということなのでしょう。
数学者の世界を知ることができる
「数学の世界がどうなっているか」「数学者が何をしているか」について理解したとしても私たちには何の役にも立たないでしょう。
ましてや「IUT理論」についてなんてもってのほかです。
そもそも本書は、肝心のIUT理論の説明にたどり着くまでに、多くのページ数を割いています。
通常の本であれば、本題にいくまでの構成上説明しなければならないような部分や繋ぎの文章というのは退屈なものが多いです。
しかし、本書は何一つとして欠けてはならないパズルのピースのように、読者を決して退屈させることがありません。
純粋にページをめくって今まで知らなかった世界を知るという、読書本来の楽しさを味合わせてくれる本なのです。
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