【書評】『自閉スペクトラム症の女の子が出会う世界』これまで女性ASDの多くが見過ごされてきた。早期の診断が救いとなる。

自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)は、「対人関係が苦手」「物事への強いこだわり」といった特徴をもつ発達障害の一つです。
最近では、もともと知能指数が高く、物事への異常な集中力をもつASDの人が注目されることが多く、「成功している人はだいたいASDだよね」なんて風潮すら感じられます。
実は、このASDはこれまで男性に多く見られる病気と考えられており、その数は女性の約4~10倍とも言われています。
しかし、最近の研究では、男性のASDと女性のASDでは、その症状に違いがあることがわかってきています。
つまり、ASDには「性差」が存在するのです。
本書では、この「性差」のために、これまで女性のASD患者の多くが見過ごされてきたと指摘し、多くの女性ASD患者の声をもとに、女性のASDについてその実態を明らかにします。

男性患者のデータを元にした診断で、女性ASDは見過ごされてきた?

その精神科医は、私が自閉症であるという診断を疑い、誰が診断したのかと尋ねてきた。「見た目も自閉症らしくないし、双方向の会話ができる。自閉症だなんてありえるのかなあ?」と彼は問うのだった。私は、大人で女性だからかもしれないと答えた。精神科医は疑わしそうな顔で私を見て、軽蔑の色をにじませながらこう告げた。「あなたは医師であるこの私に、女性であることで症状に違いがあると言うつもりなの?」。私はため息まじりに、そうだと答えた。精神科医は信じられないというように首を振った。

これが女性のASDに対する、おおよその世間の反応なのでしょう。
本書によれば、多くの女性ASD患者は、大人になる過程で周囲に「擬態」することが上手くなっていくと言います。
これは男性ASD患者よりも顕著に上手で、だからこそ、女性のASDが広く認知されない結果にもなっています。
しかし、なによりも驚きなのが、こうした性差があることにより、これまでのASD診断では、男性のみを対象としたデータから生まれた「物差し」を利用していたことで、多くの女性ASD患者が見過ごされてきたという事実です。
はたしてそのようなことがありえるのでしょうか?
本書は、43歳にして自身もASDと診断され、ASD研究で修士号の取得し、数千人のASD患者の訓練を行い、多くのASDに関する講演や著書を出版する等、まさに女性のASDについて語るにはこの人以外考えられないという、著者による一冊です。
さらに、翻訳は『ガール・コード』等の多くの名作を翻訳してきた堀越英美さんで、まさに読む前から期待値MAXの一冊でした。
本書には、著者の経験を通して、ASDの女の子が生まれてから老いるまでの間にどんな体験をするのかが書かれています。

「社交のための会話」が苦手

私はとても無遠慮で、はっきりものを言いすぎだと指摘され続けてきました。そのつもりはないのに、人を怒らせることがよくあります。どうやら私は、攻撃的という印象を与えてしまうようです。要点のみの簡潔な話が好きで、余計なことをこまごまと言うのはまどろっこしいと感じます。

女性のASDの症状として、「女らしさ」に馴染めないというものがあります。
女性らしい服装、化粧、身の振る舞い等、こうしたものに違和感を感じて積極的になれないと言います。
たとえば、「このただの粉(ファンデーション)にお金をかける意味がわからない」なんて言葉を口にしたりします。
さらに、コミュニケーションにおいては、単刀直入かつ率直で自分の話や興味のあることばかりを話したがる等、男性的な会話を好む傾向が強いようです。
本来、女性は男性と違い「社交のための会話」が得意であると認識されていますが、ASDの女性はそうではありません。
私は男性ですが、もっぱら「社交のための会話」が苦手なタイプなので、こうした心理はよく理解できます。
しかし、女性でそのようなタイプがいるとは盲点でした。
まわりでそのような女性を見かけないのは、本書で言うように、これまで女性的な振る舞いを求められてきた結果、周囲に「擬態」しているからなのかもしれません。

パートナーとの関係について

何ヶ月も執拗に追い回すと、彼はついに怒りとおびえに満ちた声で私を責め立てました。「お前は女じゃない。お前、何なんだよ。」そのとき初めて、自分が人を怖がらせることがあると気づきました。でも自分がどれほど悪いことをしてしまったのかは、わからずじまいでした。

ASD女性の恋愛事情はどうでしょうか?
ASD女性の大半は、好きになる人の性的要素の有無を問わず、パートナーを求めています。
しかし、その愛情は好きな人に異常なまでに固執してしまう傾向が強いと言います。
好きになった人のことを常に考え、どこで何をしているのか全てを知りたいと思い、ストーカーすれすれの行為をしてしまう人も多いようです。
さらには、そのことを逆手に取られて、レイプなどの性犯罪に巻き込まれるケースも少なくないそうです。
奇しくも、昨今はFacebookなどのSNSが普及して、24時間いつでも連絡がとれる世の中になっています。
多くの思春期の女の子たちが悲惨な目に合わないためにも、早期の診断ができる医療を用意することが求められているのです。

早期の診断が救いとなる

先述したように、ASDには「性差」があるために、これまで多くの女性ASD患者が見過ごされてきています。
そうした女性たちのほとんどは、つらい幼少期を経て成長し、大人になってからも、なんとか自分を隠して生きています。
本書の翻訳をした堀越さんがあとがきで「早期に診断されることが救いとなる」と話をしていました。
たしかに、ASDと診断されることで、まだ小さい我が子が一人で遊んでいても、無理して他の子達の輪の中に入れようとは思わないかもしれません。
また、ASDは「知れば知るほどわからないことが増えてくる」とも言われており、非常に多様性のある病気です。
社会というのは、誰でも周囲とよりよい関係性を築くことが長年の課題でもありますので、ASDという診断一つで、一見他の子と変わらない子が支援を受けることには、反発があるかもしれません。
本書を読むことにより、多くの人がASDを理解することで、そうした課題解決への近道になると思います。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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