【書評】『魔王』イーロン・マスクを彷彿とさせる犯罪帝国の王。

その男は南アフリカで生まれ、10代でコンピュータを手にすると、暗号で世界を想像する自分の能力の虜となり、寝る間を惜しむほど熱中しました。
そんな彼が発明した、エンクリプション・フォー・ザ・マス(E4M)という暗号化プログラムは、アメリカ政府ですら破ることができない強力な暗号化が可能で、国際的犯罪者御用達の暗号化プログラムとなります。
このイーロン・マスクを彷彿とさせる(マスクも南アフリカ出身)才能の持ち主の名は、ポール・ル・ルー。
彼こそ、他の天才達同様、黎明期のインターネット世界に明るく迎え入れられるはずでした。
しかし、彼はまったく違う人生を歩むことになります。
ポール・ル・ルーの名は、英雄としてではなく、国際的犯罪者として世界に知られることになるのです。

一人の天才がつくった犯罪帝国

本書は、そんなル・ルーが築き上げた犯罪帝国の全貌を明らかとするものです。
フィリンピンでは、無残にごみの山に捨てられた女性の死体が発見され、香港ではある倉庫から1000個の袋に小分けにされた硝酸アンモニウム肥料20トンが発見されました。
一方、トンガの環状珊瑚島では、難破したヨットの中から、腐乱した遺体とビニール袋に詰まった9000万ドル相当のコカインが発見されます。
これらは、一見関係のなさそうな事件ですが、ル・ルーはそのすべてに関係し、指示を出した黒幕なのです。

アメリカ市民に鎮痛剤をバラ撒いて金持ちに

すべての始まりは、アメリカの麻薬取締局が発見した信じられないような光景でした。
それはとある小さな独立系のたった一つの薬局が、気の遠くなるような量の薬を出荷しているデータで、しかも、そのような現象は全米各地の薬局で起きていました。
調べてみると、そうした薬局は、共通して1つの会社から薬を仕入れていることがわかりました。
その会社こそが、ル・ルーが経営するRX社です。
たとえば、あなたが以前入院したことがきっかけで、定期的に通院し、薬を服用しなければならなくなったとします。
しかし、そんなあなたは、病院に行く暇もない中、たまたま開いたウェブサイトで薬の処方サイトを見かけました。
そこでは簡単な医療質問票に答えるだけで、その結果を本物の医師が目を通し、問題なければ近くの薬局から薬を発送すると書いていました。
あなたは、少し怪しいなと感じましたが、サイトには以下のような注意書きがあります。

このあらたな医薬品提供の形を実現するにあたり、わが社はあらゆる政府の規制を満たすと同時に、その限界を超えていくことを約束いたします。アクミメッズ・ドットコムは、お客様のご注文を正規の医師免許を持つ医師にのみ伝えます。

遠隔医療という概念は、急成長中の分野で、RX社は、アメリカの薬事法の間隙を縫って、巧妙に法律違反を免れていました。
ル・ルーは、アメリカ市民に違法すれすれの鎮痛剤をばらまくことで、巨万の富を得ていたのです。

ありとあらゆる犯罪に手を染める

こうしてル・ルーは、途方も無い億万長者となったわけですが、彼の犯罪に対する飽くなき欲望は、尽きることがありませんでした。
時には、ソマリア沖で海賊を手なずけようとしたり殺人から麻薬の密輸武器の密売までどんな犯罪にも手を付けました。
組織の金を横流しするような者やよからぬことを企む噂がある者は、確証がなくても片っ端から殺害し、内部の関係者を暗殺する為だけに「ニンジャ・ワーク」とよばれる暗殺部隊を用意する徹底ぶりでした。

魔王と呼ばれた男

こうしたル・ルーが築き上げた巨大なネットワークは、彼一人が管理し把握していました。
どれだけ彼に近しい存在であっても、限られた範囲でしかその世界を見ることが許されませんでした。
ル・ルーが、自分のすぐ横で残忍な麻薬カルテルと連絡を取り、一方では、傭兵や武器商人や殺人者たちに電話越しに指示を出していたとしても誰も気づくことはありません。
そんな「彼の帝国」を著者であるラトリフは4年以上もの歳月をかけて、一つ一つのピースを紡ぎ、本書を書き上げました。
あなたも本書を読んで、私たちが住む世界のすぐそばにある「狂気」を目の当たりにしてほしい。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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