【書評】『ガール・コード』

本書は、女子校生のソフィとアンディの2人が、女の子向けのプログラミング合宿「Girls Who Code」に参加したことをきっかけに、その後、大成功を収めるサクセスストーリーです。
単に成功の秘訣やその方法が書いてある本ではありません。
「女の子」という立場から、世界に挑み、人生にとって大切なものを勝ち取るまでの物語と言えるでしょう。

何もかも違う二人

ソフィは、恥ずかしがり屋で物静かで平凡な少女です。
人前での自己表現が大の苦手で、唯一気楽に自己表現ができる方法は日記を書くことという極めて消極的な女の子でした。
一方の、アンディは、フィリピンで生まれ、あまり恵まれずに育った両親の教育に対する想いから、幼い頃から多くの教育を受けて育ちました。
そんな両親は、アンディに医者、弁護士、エンジニアのいずれかになって欲しいと期待しました。
また、アンディは、ソフィと違って、プログラミングの教育も受けたことがありました。
プログラミングもプレゼンも何もかも初めてというソフィに対して、アンディは、過去のプログラミング経験を活かし、「Girls Who Code」においても存分に力を発揮します。
しかし、2人はこんなにも対極な存在であるにも関わらず、素晴らしいパートナーへと成長していきます。
彼女たちのこうした姿からは「チームワークとは何か」「仕事はなにか」を教えてもらえます。

望ましい共同作業とは、チームメンバーとの関係を築き、メンバーが難しい任務を遂行できると信頼することだとわかった。アンディが私にそうしてくれたように。彼女は自分の方が得意だからと一人ですべてのコーディングをしたり、大変そうにして私に居心地の悪い思いをさせたりする代わりに、私を信頼し、サポートしてくれた。

タンポンを投げつけて世界を救う?

そんな信頼関係を築いた二人が挑む、「Girls Who Code」の最終課題とは、自ら考えた課題をコードで実現するというものです。
2人が選んだテーマは、迫りくる敵にタンポンを投げつけるゲームを作るというものです。
日頃から社会課題に関心をもつ2人ですが、このテーマへと奮い立たせたのは、発展途上国の女の子たちを取り巻く環境でした。
例えば、インドに住む女子の23%は、思春期に達すると学校をやめてしまいます。
それは、たいていは恥ずかしくて学校で生理の処理ができないか、生理用品を持っていないことが原因のようです。
そして、発展途上国だけではなく、日本やアメリカの先進国だって、女性の生理に対する羞恥心や不快なイメージを払拭できていません。
暴力的なゲーム・映画における血は受け入れられてきたことに対し、生理の“血”に対して私たちが抱くイメージは全く進歩がありません。
そこで、2人は血がついたタンポンを敵に投げつけるゲームを創作することで、生理に対してユーモアや風刺をどれだけ盛り込めるのかを挑戦することにしたのです。

ガール・コードはむちゃくちゃ熱い

最終課題では、全7日間で企画からアウトプットまでを行い、その成果を自分の両親含めた100人以上もの聴衆にプレゼンをします。
当然、この最終課題のプレゼンを目の前にして、2人は大慌てです。

「待って!アンディ!」それからすべてが溢れ出た。私の口からこぼれる恐れと不安。
大好きだけどほとんど知らないこの女の子に、自分の内面の醜さをすべてぶちまけてしまったなんて。

忘れてはいけないのが、2人はまだ17歳の少女ということです。
7日間で成果物を作成しなければならないプレッシャーや、100人以上もの聴衆の前でプレゼンするのに緊張するのは当たり前です。
しかし、これほどまでにプレッシャーを感じ緊張をするのは、この課題に対する想いの強さからなのでしょう。
あなたは、最近こんな情熱に駆られたことはありますか?
本書はそんな熱い想いを思い起こしてくれる良書です。

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