【書評】『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』

本書は、年に数十回も美術館を訪れるほど美術を愛して止まない全盲の白鳥さんと、著者らの美術鑑賞を通して生まれた体験談と、すこしほろ苦い人生の大切さを描いたエッセイです。
著者は『パリの国連で夢を食う。』等の著作で知られるノンフィクション作家の川内有緒さんです。
川内さんは、映画監督を目指し芸大に通い、卒業後はアメリカやパリを転々とする等、まさに異色の経歴の持ち主です。
本書は、そんな個性豊かな川内さんとこれまた個性溢れる白鳥さんのお二人だからこそ生まれた作品です。

目が見えなくても美術鑑賞に読書に!

ここで白鳥さんとは一体何者?と思った人がいるでしょう。
先述したように、白鳥さんは年に数十回も美術館を訪れるハードコアな美術鑑賞家で、たくさんの本を読む読書家でもあります。
盲人らしくないその趣味から、なんだかすごい人なんじゃないかとも思わせますが、特別な才能を持った人というわけではありません(本人もそう言っています)。
むしろ普通であるからこそ、盲人らしくないことをしようと思い始めたのが美術鑑賞だったといいます。

目の見えない白鳥さんとアートを見にいく

では、白鳥さんはどのようにして美術鑑賞しているのでしょうか?
基本は、誰か一人が白鳥さんをエスコートした状態で、今見ている作品を口頭で説明するというものです。
大きさや形、色から始まり、どんな印象を受けるかや何を描いたものなのか、もちろん個人的な感想を述べてもいいです。
そして、白鳥さんはただ聞いているだけではなくて、気になったことを質問したりして、お互いの会話をベースに鑑賞するといった流れとなります。
ただ、美術作品を口頭で説明するというのは結構難しいもので、たいてい説明する側はしどろもどろになってしまうのですが、白鳥さんはむしろそれを楽しんでいます。

どうやら彼は、作品に関する正しい知識やオフィシャルな解説は求めておらず、「目の前にあるもの」という限られた情報の中で行われる筋書きのない会話こそに興味があるようだった。逆に作品の背景に精通している人が披露する解説は、「一直線に正解にたどり着いてしまってつまらない」と言う。

私達はなにかを評論するとき、正しい解説を行うことに終始してしまいがちです。
たとえば、美術鑑賞だけにとどまらず、本の書評でもいいし、映画の評論でも、飲んだワインの感想でもなんでもそうです。
正しくないといけないという価値観のせいで、作品を前にして口数が少なくなってしまうというのが、多くの人の特徴ではないでしょうか。
しかし、白鳥さんを前にすると、必死に伝えなきゃと言うバイアスが働き、ついつい口数が多くなってしまうそうです。
そう、白鳥さんがいるだけで今までとは違う鑑賞体験となるのです。

この二十年間でたくさんのアート作品を一緒に見てきたはずだ。しかし、いままでは「面白かったね」「そうだね」くらいの会話しかしてこなかった。じゃあ、それまでとの違いはなんなのか―。そう問われれば、違いは白鳥さんの存在しかなかった。目が見えないひとが傍にいることで、わたしたちの目の解像度が上がり、たくさんの話をしていた。

障害者に対する偏見に気づいた

著者は、こうして白鳥さんとの美術鑑賞を経て、自らの障害者に対する偏見に気づきます。
たとえば、「ハンデを持つ人たちは、抜きん出た感覚を持っている」などです。
たしかに、目が見えない分、嗅覚や触覚については私達よりも突出したものを持っているのも事実ですが、そういった印象を持ってしまうのはある種の偏見です。
そして、障害者に対して過剰に親切になってしまうのも、多くの人がやってしまいがちなことです。
白鳥さん自身も、小さい頃から「あんたは見えるひとよりも苦労するから、その分努力をしなさい」と言われ続けてきましたが、「見える」ということがわからないため、どう努力していよいかわからなかったと言っています。
白鳥さんとの美術鑑賞はこうした気づきを与えてくれます。

芸術は心を豊かにする

では、著者らだけがそうした気づきを得ていたかと言うと、実はそうではありません。
逆に白鳥さん自身も、以前、美術館スタッフと鑑賞をともにした際に、気づきがあったそうです。

ええ!?湖と原っぱって全然違うんものじゃないのって。それまで。”見えるひと”はなんでもすべてがちゃんと見えているって思っていたんだけど、”見えるひと”も実はそんなにちゃんと見えてはいないんだ!と気がついて。そうしたら、色んなことがとても気楽になった。

このように双方に気づきがあって、やはり術というのは心を豊かにするものだなあと思いました。
現在は、コロナ禍で美術館へ足を運ぶことも憚れるが、ぜひ落ち着いたら大好きな人と一緒に訪れてみたいと思います。
本書はそんな気持ちを思い起こしてくれる1冊です。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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