【書評】『mRNAワクチンの衝撃』新型コロナウイルスのワクチン開発はまさにイノベーションの宝庫。

ファイザーとモデルナ―。
いまや誰もが知ることになった新型コロナウイルスのワクチンを製造する会社の名前です。
本書はその中でもファイザーのワクチンについて書かれた本です。
多くの人は知らないですが、ファイザーはワクチンを開発した企業と提携した会社であって、ファイザーがワクチンを開発したわけではありません
では、そのワクチンを開発した会社はどこなのでしょうか?
そう、それが本書の主人公であるビオンテックというバイオベンチャー企業なのです。

11ヶ月という短期間でワクチンを開発

下山進著『アルツハイマー征服』によれば、新薬開発は長きに渡る苦悩に満ちていると言います。
研究探索から商品として流通させるまでに10年以上もの年月と何百億円という費用がかかります。
ワクチン開発においても、通常は数年かかるとされており、エボラ出血熱のワクチン開発には5年を要しました。
しかし、ビオンテックは、このワクチン開発において、わずか11ヶ月という短期間で新型コロナウイルスのワクチン開発に成功しました。
本書は、そんな医薬品製造の歴史におけるあらゆる記録を塗り替えることになった、ドイツの小さなバイオベンチャー企業・ドイツ・ビオンテック社のウールとエズレムの創業者夫妻に迫ったノンフィクションです。
創業者のエズレムがよく好んで使う言葉に「イノベーションは一度には起こらない」という言葉があります。
この医学における偉業は、たった一つのブレイクスルーで成されたのではなくて、多くの研究者が入り混じり化学反応をおこした結果、実現したものなのです。

ビオンテックが早期に判断できた理由とは

ビオンテックがワクチン開発に舵を切ったのは、WHOがパンデミック宣言をする6週間前の2020年1月下旬でした。
なぜビオンテックはこんなにも早く決断できたのかでしょうか?
実は、こんな時期尚早でも今回の新型コロナウイルスが猛威を振るう十分な警告が世に出回っていました。
例えば、香港の研究者チームからは、「人から人から感染すること」「無症状でも新型コロナウイルスの検査で陽性が出ていたこと」が報告されていました。
そして、最も肝心だったのが、その感染発祥地と時期でした。
中国の武漢は、人口1100万人以上でその人口密度といえばロンドンやニューヨークよりも高く、航空便は中国各地だけではなく世界の主要な都市とつながっています。
さらに、1月といえば中国の春節にあたり、この期間の旅行件数は30億件にものぼり、地球上で「最大の人類移動」の時期でした。
ビオンテックの創業者ウールは、こうした確かな情報を紡ぎ合わせて最もな結論に至ったに過ぎません。

がん治療の知見を活かしワクチンを開発

しかし、深刻さが理解できたからと言って、当然これだけの偉業が成し遂げられるわけではありません。
ビオンテックには、新型コロナウイルスのワクチンを開発できる十分なポテンシャルがありました。
それは、ビオンテックが長年「がん治療」の研究で培ってきた知見です。
がん治療と聞くと、抗がん剤の投与や外科手術などを思い浮かべる人も多いと思いますが、近年は、がん治療の研究といえば、もっぱら「免疫反応」を生かして治療するがん免疫療法が注目されています。
がん免疫療法の突破口(ブレイクスルー)』によれば、近年の研究により、がん細胞が免疫細胞の攻撃から隠れるための「トリック」の正体が解明されたことから、免疫系の本来の力を発揮させて治療することができることが示唆されています。
そして、この免疫反応を操るためにはRNAという分子が鍵となるのです。

mRNAとは

ファイザーやモデルナのワクチンは、どちらもmRNAが土台となって開発されたワクチンです。
mRNAは、生体にもともと存在する分子で、DNAの指令を読み取ってタンパク質を生成する工場にその情報を伝達する役割を担います。
つまり、mRNAをハイジャックすることで、自分の意図したタンパク質をいくらでも生成することができます。
しかし、RNAには大きな弱点がありました。
それは、「タンパク質生成工場に情報を伝達すれば自らの役割が終わる」という性質から、非常に分解されやすく脆いということです。
もしこの弱点が克服できたとすれば、RNAができることは無限大です。

もし―これはとても大きな「もし」だった―もし、mRNAを人体の適切な免疫細胞に送り届け、十分な期間にわたって安定した活動状態にキープする方法が見つかったなら、それがもたらす可能性はほぼ無限大だ。mRNAの鎖が保持する指令を、彼らがカスタマイズしたコマンドに置き換えれば、自然発生するメカニズムをいわば乗っ取ることができる。そして、必要な薬を患者の体が自力でつくり出せるよう促す暗号を送り届けることができるのだ。

この弱点を克服する方法を解明したのが、ハンガリー出身の科学者カタリン・カリコでした。
世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』によれば、カタリン・カリコは、RNA分子コードの4文字の1つを置き換えて、mRNAに「ステルス機能」を付与することに成功しました。
これによりRNAの無限大の可能性が引き出され、カタリン・カリコは、いずれはノーベル科学賞を受賞することが予想されています。

mRNAを体内で運送するには

本書は他にも脂質ナノ粒子(LNP)についても触れられています。
mRNAによる医薬品を実用化するためには、mRNAが体内を通って細胞に到達するまでの間、これを保護しておかなければなりません。
そして、その届け先としては、強力な免疫反応を引き起こすリンパがある場所に送り届ける必要があります。
脂質ナノ粒子(LNP)により、ワクチン製造業者が「荷物」を届けたい器官や細胞種を選べるようになるのです。

ワクチン開発はまさに総力戦

本書を読むことで、ワクチン開発はまさに総力戦であることがわかるでしょう。
先述した、脂質ナノ粒子(LNP)の作成を専門とする企業、新型コロナウイルスのDNAから完璧なコピーを複製する科学者、巨額な予算に目を光らせるマネジャー陣まで、さまざまな人物が登場します。
それもそのはず、このワクチン開発プロジェクトには、60ヶ国以上の専門家で構成されていました。
膨大な関係者を束ねるウールとエズレムの創業者夫妻からは、「イノベーションとは何か?」「リーダーとは何か?」を学ぶことができます。
他にも、ファイザーとモデルナワクチンの違い、変異株へのワクチンの有効性、ワクチン2回摂取の意味など、新型コロナウイルスワクチンについての多くの疑問に答えてくれる一冊です。

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