中国政府ほどデジタル世界を権威主義的な目的で活用することに成功した国は他にはない。
中国は、14億人の潜在的な顧客にアクセスすることを望むアメリカの大手テクノロジー企業をうまく手なずけ、「成長著しい民間IT企業」「政府の研究開発機関」「軍」からなる「デジタル・トライアングル」を築き、習近平が掲げた「一帯一路」構想を実現するため、IT技術への投資を惜しまなかった。
そして、その習近平が最も望んだものが、半導体で世界を圧倒することだった。
今や世界中の人が手にしているスマートフォンの価格の大部分が内部の半導体の価格である。
スマートフォンが機能するには、合計で数十個の半導体が必要で、各チップがバッテリー、ブルートゥース、Wi-Fi、セルラー・ネットワーク接続、オーディオ、カメラなど、別々の機能を担っている。
実は、Appleのような企業は、こうしたチップをいっさい製造してはおらず、ほとんどを既製品の購入でまかなっている。
もっといえば、Appleに限らず、アメリカ、ヨーロッパ、日本、中国のどの企業を持ってしても、半導体部品を自社だけで賄うのは不可能なのだ。
世界最先端といえる半導体はたったひとつの企業のたったひとつの建物でしかつくれない。これが半導体産業に特有の点だ。
世界最先端の半導体は、主に台湾や韓国の企業で作られている。
中でも、台湾の台湾積体電路製造(TSMCという略称のほうが有名)を超える精度でチップを製造できる会社は世界に一つも存在しないだろう。
TSMCは、iPhoneの十数種類のチップのうちのたったひとつのために100京(1の後ろに0が18個つく数)個をゆうに超えるトランジスタを製造する。他にこんな企業があるだろうか。
しかし、「なぜ台湾や韓国のような企業で?」「アメリカは?」と疑問に思う人も多いだろう。
本書はその疑問に応えてくれる一冊だ。今日、シリコンバレーと聞けば、私たちはSNSやソフトウェア企業を思い浮かべるだろう。しかし、インターネットやクラウド、SNSなどのデジタル世界全体が今こうして存在するのは、半導体の性能が向上したからだ。
本書は、初期の半導体研究から半導体がこれほど社会に広まった経緯を丹念に追って、様々な企業による半導体の量産方法の確立や、経営者たちによるコストを下げ続ける挑戦、クリエイティブな起業家たちによる半導体の新たな活用方法の想像に迫った、半導体歴史の本である。
なお、半導体の歴史には日本も一役買っている。
多くの人は忘れているが、日本は半導体産業で一時はアメリカを追い抜き、世界No.1にもなっている。本書にはその経緯も書かれている。戦後間もない頃、焼け野原となった東京には文字通り何もなかったが、アメリカの取り計らいにより、アメリカの一流科学雑誌は読むことができた。そこからというもの日本は、アメリカを模倣し、スパイ行為だろうが不当な企業間協力だろうが何でもやったのだ。つまり、戦後の日本は、その後アメリカや日本の技術を模倣することになる中国企業と何ら変わりなかった。
アメリカは常に世界の最先端を走っていたわけではない。
宇宙開発ではロシアに負けていた。それが半導体技術を向上させる原動力となったのだ。そのアメリカを追従したのが、ヨーロッパや日本、韓国、台湾、そして中国の企業であった。だが、その発展の歴史はそれぞれ全く異なる。しかし、そうした発展の結果、半導体産業は複雑極まりない超グルーバル産業(世界のたったひとつの企業にしか作れない等)になったのだ。
半導体は今後ますます重要なコモディティになることは間違いないだろう。本書ほどその歴史をわかりやすく紐解いた本はない。
中国による躍進はこちらの本にも上手くまとめられている。その躍進にマイクロソフトが果たした役割は非常に重要だ。併せて読むことをお勧めしたい。
私の書評はこちら。
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