【書評】『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』大人である私たちこそ本書から学ぶことが多い。

本書の主人公は、著者ではなくてその息子です。
イギリス・ブライトン市の学校ランキング1位である公立カトリック小学校を卒業した息子は、カトリックの中学校ではなく、「元底辺中学校」に進学します。
本書は、そんな底辺中学での生活の最初の一年半を描いたものです。

底辺中学での生活


中学校で出会うのは、人種差別をむき出しにする同級生、制服などの購入にさえ苦労するほど貧困同級生、ジェンダーにとまどう同級生など、様々です。
息子は、父がアイルランド人、母(著者)が日本人で、同級生から自分の東洋的な容姿のために差別されることがあっても、「善意」の存在を信じ、得意な音楽や水泳に夢中になり、いがみ合う友達の間に立ちながら、様々にもがく同級生たちと関係を築き、著者や父親のアドバイスがあるにしても、自分なりの答えを探し出しています。
そんな彼が周囲の大人に問いかける質問の数々はまさに宝の山です。

イギリスには相当数の貧しい子どもたちが要る

友達だから。君は僕の友達だからだよ

2010年に政権を握った保守党による緊縮財政政策によって、教育への財政支出がカットされ続け、教員の数が減り続けた結果、イギリスの学校運営は、保護者の協力なくして立ち行かなくなっていました。
ひょんなことから制服リサイクルのボランティアに参加することになった著者は、中古の制服を保護者たちに募って、寄付された制服のほつれや破れを繕う作業をはじめます。
そんな中、このボランティアを始めたという、ミセス・パープルと呼ばれている息子の科学教員から、こんなことを耳にします。

制服を買えない生徒たちが大勢いるのよ。このリサイクル・グループを始めたのは、つんつるてんの制服を着ている子や、びしょびしょの制服を着て来る子が目立つようになった頃。ちょうど5、6年になる。大きなサイズの制服が買えなかったり、制服が一着しかないから洗濯して乾いてなくても着て来なきゃいけない子たちが出てきて、いったいいつの時代の学校なんだと思った。

日本でもあまりないような光景ですが、本書では、制服の他にも、生理用品を女生徒に配ったり、私服の学校の生徒にシャツとジーンズを買ってあげたりと、どうやらイギリスには相当数の貧しい子どもたちが要ることが伺えます。
そして息子の同級生にも体に合わないサイズの制服を着ている子がいて、いつも同級生からからかわれていました。
冒頭の言葉は、そんな同級生へリサイクルの制服をあげたときに、その同級生から「どうしてくれるの?」と聞かれた際、息子がとっさに答えた言葉です。
しどろもどろになる母を尻目に、こう言ってのけた息子は、すこし誇らしげで満足した表情をしていました。

ダニエルは頭が悪いの?

本書は息子にスポットが当たっていますが、母親である著者もきちんと息子を正しい道に導くことができていて、親としての素晴らしさを感じさせます。
例えば、入学して早々に新入生だけでミュージカルをさせられたときの話です。
いつまでたってもダンスが上達しない黒人の女の子がいました。
それを見て、ダニエルという白人の同級生は、その子をいつも馬鹿にしていました。
息子は、著者に「ダニエルは頭が悪いの?」と腹立たしい様子で訪ねます。
そんな息子にこう答えました。

いや、頭が悪いってことと無知ってことは違うから。知らないことは、知るときが来れば、その人は無知ではなくなる。

こう言われた息子は、そのまま何かを考えた様子で自分の部屋に去ります。
しかし、ミュージカルの本番にダニエルが大失態を演じた際に、なんと息子がそのダニエルを助けるのです。
これには、著者ともども感動です。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

本書は80万部を超えた大ベストセラーです。
著者には、ほかにもたくさんの著書がありますが、本書のように、子供の世界を描いた作品が特に著者の面白さを引き出していると感じます。
本書で出てくるような、ヘイトや差別といった、子どもたちの「無知」ゆえのわだかまりは、決して子どもの世界だけの話ではなくて、大人の世界であっても存在します。
だからこそ、著者の息子のように、私たち大人も少しずつ学んで理解する努力を積み重ねる必要があります。
本書は、大人である私たちこそ読むべき1冊なのです。

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