【書評】『最後の海賊』

楽天グループが8月10日に発表した2023年1~6月期決算は、売上高9728億円(前年同期比9.5%増)、営業損益が1250億円の赤字(前年同期は1987億円の赤字)だった。赤字の元凶は、モバイル事業だ。同事業は1850億円の営業赤字と、前年同期の2538億円の赤字から大幅に改善したもののを予断を許さない状況である。

「モバイルの投資収益の劇的な改善と(グループ)全体の黒字化に向かって進んでいる」。決算会見に臨んだ楽天の三木谷浩史会長兼社長は、そう自信を見せた。この自信はどこから来るのか。本書には三木谷氏が強気姿勢を崩さない、その理由が書かれている。

本書の著者は、日本経済新聞を経て2016年に独立した大西康之氏だ。日経時代は、コンピューター、鉄鋼、自動車、商社、電機、インターネット関連などの業界を担当し、リクルート創業者の江副浩正に迫った『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』など多数の著作で知られている。実は楽天の経営に迫るのは今回が2度目である。著書『ファースト・ペンギン楽天・三木谷浩史の挑戦』では、当時第三者としては初めて楽天の経営について深く切り込んでいる。

今やAmazonの収益は、ECだけでなく「AWS」(自社のデータセンターを使って顧客にクラウド・サービスを提供するアマゾン・ウェブ・サービス)で構成されている。楽天にとってモバイル事業とはAWSのようなものだ。それは、携帯電話のネットワーク全体へ仮想化技術を導入することに世界で初めて成功したからである。今後、楽天は世界に先駆けて日本で実用化に成功したこのモバイル・ネットワークの「完全仮想化技術」(とその周辺のネットワークのソフトウェアを含む製品・サービス群)をパッケージにして、世界に売り込むつもりだ。

従来のモバイル・ネットワークでは、専用ハードウェアとそれに一体化したソフトウェアを導入して基盤を構築することが一般的だ。一方、楽天モバイルが実現した、ハードウェアの機能をソフトウェアに置き換える仮想化技術は、従来よりも柔軟かつセキュアなネットワーク基盤を構築し、さらには、設備投資・運用コストを大幅に削減することができる。

事実、ソフトバンクが2006年に携帯ネットワークを持つボーダフォンの日本法人を買収して携帯電話事業に参入した際、その買収金額は1兆7500億円にも及んだが、楽天モバイルの設備投資費は2019年からの累計で1兆ほどで、安く済んでいる。

さらに、その楽天モバイルが、2024年以降の実用化を目指しているのが「衛星モバイル」という通信技術だ。衛星モバイルとは、地上のスマートフォンなどと地球低軌道(LEO)上に展開された小型衛星が直接繋がり通信ができる、従来の地上のインフラに依らない全く新しいネットワーク・インフラである。衛星モバイルとしては、イーロン・マスクが経営するスペースXの「スターリンク」が有名だ。楽天はこの衛星モバイルを「残り4%」をカバーするために使うという。

96%と言ってもね、そこからが大変なんだよ。残り4%のためにわれわれがどれだけの時間と金を使ってきたことか

こう話すのは3メガの幹部だ。楽天モバイルの人口カバー率は、2022年2月時点で96%である。人口が密集した都市部では、アンテナ1本で何百、何千の利用者をカバーできるが、過疎地や離島では利用者がまばらになる。ふつうのやり方では、残り4%の引き上げに、それまでの3倍以上のコストと時間がかかってしまう。楽天はその4%のカバーに向けて、衛星モバイルを手がける米通信ベンチャー「ASTスペースモバイル」などに積極的に出資をしている。

予断であるが、この衛星モバイルに目をつけているのがウクライナだ。ゼレンスキー政権下、最年少の28歳で入閣したデジタル変革大臣の「ミハイロ・フェドロフ」は、今後またいつロシアに攻撃されるかもしれないという状況下で、地上のインフラが破壊されても通信を担保できる衛星モバイルにかなり前のめりだ。これは災害が多い日本も例外ではない。スマートフォンに依存する現代人であればネットワーク・インフラが何よりも重要だということは容易に理解ができるはずである。

本書では他にも、楽天メディカルが手がける、第5のがん治療として知られる「光免疫反応」を利用した「アルミノックス治療法」についてなどが紹介されている。楽天が手がける事業はそっくりそのまま人類の近未来を彷彿とさせる。
ソフトバンクの孫氏が起業家を引退して投資家に軸足を移したいま、インターネットの黎明期に起業した人間の中で、今も現役の起業家として走りつづけているのは三木谷氏だけかもしれない。楽天市場で大成功を収めた後も、現役でこれほど無謀な日本の経営者は他にはいないだろう。まさに最後の海賊。本書はその海賊船に乗った10人と三木谷氏との航海の物語である。

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koya
読書歴10年。書評歴3年。本は読んでいるだけではダメです。 知識はアウトプットしてこそはじめて血肉となります。 私は読書歴10年ほどで、現在は毎月平均して10冊程度の本を読んでいます。 私がこの10年間で培ってきた読書のノウハウや考えは、きっと皆さんの役に立つと思っています。 目標は「他人が読まない本を手に取る読書家を増やすこと」です。
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